はじめに
収益認識の実務は、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」が定める5つのステップに沿って進みます。その第一歩が「契約の識別」(ステップ1)です。ここで会計処理の対象となる契約を正しく特定し、複数契約の結合の要否、そして期中に生じる契約変更の取扱いを判断することが、その後のステップ(履行義務の識別・取引価格の算定・配分・収益認識)の前提となります。
実務では、追加発注・値引き交渉・仕様変更・契約期間の延長といった「契約変更」が頻繁に発生します。同じ契約変更でも、その性質によって会計処理が大きく異なるため、3類型のどれに当たるかを判定できることが重要です。本記事では、第19項から第31項までを根拠に、契約の識別・結合・変更を実務の流れに沿って整理します。
概要
会計基準の基本となる原則は、約束した財又はサービスの顧客への移転を、その対価を反映した金額で収益として認識することであり(第16項)、これを実現するために次の5ステップを適用します(第17項)。
ステップ1:顧客との契約を識別する(第19項〜第31項) ← 本記事
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ステップ2:契約における履行義務を識別する(第32項〜第34項)
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ステップ3:取引価格を算定する(第47項〜第64項)
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ステップ4:取引価格を履行義務に配分する(第65項〜第76項)
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ステップ5:履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する(第35項〜第46項)
「契約」とは、法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決めをいいます(第5項、第20項)。書面に限らず、口頭や取引慣行によるものも含まれます。ステップ1の作業は次の流れで進みます。
1. 契約の識別:第19項の5要件をすべて満たすか判定
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2. 要件を満たさない場合:第24項〜第26項に従い処理(原則は契約負債)
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3. 契約の結合:第27項の要件を満たす複数契約は結合して単一契約に
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4. 契約変更:第28項〜第31項に従い3類型のいずれかで処理
具体的な会計処理
ステップ1:契約の識別5要件を確認する
会計基準を適用するにあたっては、次の(1)から(5)の要件のすべてを満たす顧客との契約を識別します(第19項)。
No. | 要件(第19項) |
|---|---|
(1) | 当事者が、書面・口頭・取引慣行等により契約を承認し、それぞれの義務の履行を約束していること |
(2) | 移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること |
(3) | 移転される財又はサービスの支払条件を識別できること |
(4) | 契約に経済的実質があること(契約の結果として企業の将来キャッシュ・フローのリスク・時期・金額が変動すると見込まれること) |
(5) | 顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと |
5要件をすべて満たすかは、契約における取引開始日に判定します。取引開始日に要件を満たした契約は、事実及び状況の重要な変化の兆候がない限り、要件を満たすかどうかの見直しを行いません(第23項)。
なお、契約の当事者のそれぞれが、相手に補償することなく完全に未履行の契約を解約する一方的で強制力のある権利を有している場合には、本会計基準を適用しません(第22項)。「完全に未履行」とは、(1)企業が約束した財又はサービスを未だ移転しておらず、かつ(2)その対価を未だ受け取っておらず、受け取る権利も未だ得ていない状態をいいます(第22項(1)(2))。
ステップ2:要件を満たさない場合の取扱い
第19項の要件を満たさない場合は、当該要件を事後的に満たすかどうかを継続的に検討します(第24項)。要件を満たさない契約について顧客から対価を受け取った場合、次の(1)又は(2)のいずれかに該当するときに、受け取った対価を収益として認識します(第25項)。
条件 | 内容(第25項) |
|---|---|
(1) | 財又はサービスを顧客に移転する残りの義務がなく、約束した対価のほとんどすべてを受け取っており、顧客への返金は不要であること |
(2) | 契約が解約されており、顧客から受け取った対価の返金は不要であること |
上記(1)又は(2)のいずれかに該当するまでは、顧客から受け取った対価については、適切な収益認識の要件が満たされるか上記の事象が生じるまで、契約負債として処理します(第26項)。
仕訳例:第19項の回収可能性要件((5))を満たさない取引で、顧客から手付金300万円を受領した場合
(受領時:契約負債として処理)
(借方)現金預金 3,000,000 (貸方)契約負債 3,000,000
その後、第25項の要件を満たした時点で収益に振り替えます。
(借方)契約負債 3,000,000 (貸方)売上高 3,000,000
ステップ3:契約を結合する
同一の顧客(その関連当事者を含む)と同時又はほぼ同時に締結した複数の契約について、次の(1)から(3)のいずれかに該当する場合には、それらを結合して単一の契約とみなして処理します(第27項)。
No. | 結合の要件(第27項) |
|---|---|
(1) | 当該複数の契約が同一の商業的目的を有するものとして交渉されたこと |
(2) | 1つの契約で支払われる対価の額が、他の契約の価格又は履行により影響を受けること |
(3) | 当該複数の契約で約束した財又はサービスが、第32項〜第34項に従うと単一の履行義務となること |
たとえば、機器の販売契約と、その機器に組み込む専用ソフトの開発契約を同時に同一目的で締結し、価格が相互に影響する場合などは、結合して単一の契約として履行義務を識別・取引価格を配分します。
ステップ4:契約変更を3類型で処理する
契約変更とは、契約の当事者が承認した契約の範囲又は価格(あるいはその両方)の変更をいいます(第28項)。当事者が契約変更を承認していない場合や、範囲の変更は承認したが対応する価格が未確定の場合の取扱いは第29項に定めがあります。
承認された契約変更は、その性質に応じて次の3類型のいずれかで処理します。
類型1:独立した契約として処理する(第30項)
契約変更が次の(1)及び(2)の両方を満たす場合、当該契約変更を独立した契約として処理します(第30項)。
No. | 要件(第30項) |
|---|---|
(1) | 別個の財又はサービス(第34項参照)の追加により、契約の範囲が拡大されること |
(2) | 変更される契約の価格が、追加的に約束した財又はサービスに対する独立販売価格に、契約の状況に基づく適切な調整を加えた額だけ増額されること |
この場合、既存契約には影響を与えず、追加分を新たな契約として通常どおり処理します。
仕訳例:ライセンス保守契約(既存)に、独立販売価格相当の追加料金100万円で別個の追加機能サポートを上乗せした場合(独立した契約として処理)
(追加分を独立した契約として認識:当期役務提供分)
(借方)売掛金 1,000,000 (貸方)売上高(追加サポート) 1,000,000
類型2・類型3:独立した契約として処理されない場合(第31項)
契約変更が第30項の要件を満たさず、独立した契約として処理されない場合には、契約変更日において未だ移転していない財又はサービスについて、次のいずれかの方法で処理します(第31項)。
類型 | 状況(第31項) | 処理方法 |
|---|---|---|
類型2:既存契約の解約と新契約の締結 | 未移転の財・サービスが、契約変更日以前に移転した財・サービスと別個である場合(第31項(1)) | 既存契約を解約して新たな契約を締結したものと仮定し、残存対価と未移転分への配分額を将来に向かって認識(残存分のみに影響、過去は修正しない) |
類型3:既存契約の一部としての処理 | 未移転の財・サービスが、契約変更日以前に移転した財・サービスと別個でない(単一の履行義務の一部を構成する)場合(第31項(2)) | 既存契約の一部であったものと仮定し、契約変更による影響を契約変更日において収益の額(累積的な調整)として認識 |
(1)と(2)の両方を含む場合 | 未移転の財・サービスが(1)と(2)の両方を含む場合(第31項(3)) | 変更が変更後の契約の未充足(部分充足含む)の履行義務に与える影響を、(1)及び(2)の方法それぞれと整合的に処理 |
類型2は「将来に向かって(prospective)」、類型3は「累積的なキャッチアップ調整」で処理する点が大きな違いです。
仕訳例(類型3):一定の期間にわたり充足する単一の履行義務(進捗度に応じて認識)について、契約変更で取引価格が増額され、変更日時点の累積進捗度に対応する調整額150万円を当期に認識する場合
(累積的なキャッチアップ調整)
(借方)契約資産 1,500,000 (貸方)売上高 1,500,000
なお、契約変更によって生じる取引価格の変動は、第28項から第31項に従って処理します(第76項)。
留意点
- 取引開始日の判定と見直し:第19項の5要件は取引開始日に判定し、重要な変化の兆候がない限り見直さない(第23項)。一方、要件を満たさなかった契約は事後的に満たすかを継続検討する(第24項)
- 回収可能性要件(第19項(5)):対価の回収可能性が低い取引は契約の識別段階で対象外となり得る。信用リスクの評価とその文書化が重要
- 契約の結合の見落とし:同一顧客との複数契約を別々に処理すると、履行義務の識別・取引価格の配分を誤る。同時期・同一目的・価格相互影響の有無を確認する(第27項)
- 契約変更の3類型の判定軸:(a)追加分が別個か、(b)価格が独立販売価格相当に増額されたか、(c)未移転分が既移転分と別個か、の3点で類型が決まる。類型2は将来に向かって、類型3は累積調整で処理する
- 変動対価が絡む契約変更:取引価格の変動が契約変更前に約束された変動対価に起因する場合等の取扱いは第76項に定めがあり、契約変更の処理と整合させる必要がある
まとめ
収益認識ステップ1(契約の識別と契約変更)の要点は次のとおりです。
項目 | 内容 | 根拠条項 |
|---|---|---|
契約の識別 | 5要件をすべて満たす契約が適用対象 | 第19項 |
要件未充足時 | 要件を満たすまで会計処理せず、対価は契約負債 | 第24項〜第26項 |
契約の結合 | 同一顧客・同時期・同一目的等の複数契約は結合 | 第27項 |
契約変更・類型1 | 別個の追加+独立販売価格相当の増額→独立した契約 | 第30項 |
契約変更・類型2 | 未移転分が既移転分と別個→解約・新契約(将来に向かって) | 第31項(1) |
契約変更・類型3 | 未移転分が既移転分と別個でない→既存契約の一部(累積調整) | 第31項(2) |
契約変更に直面したら、まず「独立した契約として処理できるか(第30項)」を確認し、できない場合は「未移転分が既移転分と別個か(第31項)」で類型2・類型3を判定する、という順序で考えると整理しやすくなります。自社の主要契約について、追加発注や仕様変更の発生パターンを洗い出し、どの類型に該当するかを事前に整理しておくことをおすすめします。