はじめに

企業結合(取得)の会計処理では、「いつの時点」で「いくら」の資産・負債を受け入れるかが処理の土台となります。この「いつの時点」を定めるのが取得日(企業結合日)の特定であり、「いくら」を確定させるのが取得原価の配分です。

ところが、M&Aの実務では、被取得企業の資産・負債の網羅的な識別や、無形資産・偶発債務の公正な評価が、買収完了直後の決算には間に合わないことが少なくありません。このような場合に備えて設けられているのが「暫定的な会計処理」と、取得日後1年以内の確定手続です。本記事では、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」に基づき、取得日の決定と暫定的会計処理の実務手順を解説します。

概要

取得日の決定から確定までの流れは次のとおりです。

1. 取得日(企業結合日=支配移転日)の特定(第15項)
    ↓
2. 取得原価の算定・配分(取得日の時価で評価)(第23項・第28項)
    ↓
3. 決算日までに配分が完了しない場合 → 暫定的な会計処理
    ↓
4. 取得日後1年以内に確定 → 確定額を取得日に遡って反映
    ↓
5. 確定前決算では暫定である旨を開示

具体的な会計処理

ステップ1:取得日(企業結合日)を特定する

第15項は、「企業結合日」とは、被取得企業若しくは取得した事業に対する支配が取得企業に移転した日をいうと定義しています。取得日はこの企業結合日と一致します。

支配の移転日は、契約や取引の実態に応じて判断します。一般的には、合併であれば合併の効力発生日、株式取得であれば株式の引渡し(決済)により議決権を獲得し意思決定機関を支配することとなった日などが該当します。取得日は単なる契約上の形式日付ではなく、実質的に被取得企業の意思決定機関を支配することとなった日として判断する点に注意が必要です。

結合形態

支配移転日の目安

合併

合併の効力発生日

株式取得(子会社化)

株式の引渡しにより議決権を獲得し支配を得た日

事業譲受け

事業に対する支配が移転した日

支配移転日は、契約の効力発生日と必ずしも一致するとは限らず、対価の決済・経営の実権の移転・許認可の取得など、実態としていつ支配を獲得したかで判断します。たとえば、株式譲渡契約のクロージング(決済・株券等の引渡し)をもって議決権を取得し、被取得企業の意思決定機関を支配することとなった日が取得日となるのが一般的です。複数のステップを踏む取引では、どの時点で支配が移転したのかを取引スキームに即して見極める必要があります。

なお、取得が複数の取引により達成された段階取得の場合(第25項)には、支配を獲得するに至った日を企業結合日とし、連結上は支配獲得時点の時価で取得原価を算定する点にも留意します。

ステップ2:取得原価を取得日の時価で配分する

第28項は、取得原価は、被取得企業から受け入れた資産および引き受けた負債のうち企業結合日時点において識別可能なもの(識別可能資産および負債)に、企業結合日時点の時価を基礎として配分するとしています。

すなわち、評価の基準時点は取得日(企業結合日)です。取得日後に生じた価値変動は配分には反映しません。

仕訳例(取得日の配分・確定している場合):取得原価8億円、識別可能資産の時価10億円、引受負債の時価3億円の場合

(借方)諸資産(時価)  1,000,000,000  (貸方)諸負債(時価)    300,000,000
(借方)のれん          100,000,000  (貸方)現金預金等(取得原価)  800,000,000

取得原価800,000,000 − 識別可能純資産(1,000,000,000 − 300,000,000=700,000,000)= のれん100,000,000。

ここで重要なのは、資産・負債の評価額がすべて取得日(企業結合日)時点の時価で測定されている点です。取得日後に市場環境の変化などで資産の価値が変動しても、それは取得原価の配分には反映せず、取得後の通常の会計処理(減損や評価替え等)の中で扱います。

ステップ3:配分が完了しない場合の暫定的な会計処理

取得日の属する期の決算日までに、資産・負債の識別や時価評価が完了しないことがあります。この場合、入手可能な情報に基づく暫定的な金額をもって会計処理を行います(暫定的な会計処理)。

暫定処理の段階では、未確定の評価額や、未識別の無形資産・偶発債務などについて合理的な見積りを用い、差額はのれん(または負ののれん)に含めて処理します。

暫定的な会計処理が必要となる典型的な場面としては、次のようなものがあります。

場面

暫定処理となる理由

無形資産(顧客関係・技術・商標等)の評価が未了

外部専門家による評価に時間を要する

不動産・機械等の時価評価が未了

不動産鑑定・資産査定が決算日までに間に合わない

偶発債務・引当対象の把握が未了

訴訟・税務リスク等の調査が継続中

取得原価(条件付対価等)の確定が未了

対価の最終確定に追加の手続を要する

これらの項目について、決算日時点で入手できる最善の情報に基づき暫定額を見積もり、後日の確定に備えます。

ステップ4:取得日後1年以内に確定し、取得日に遡って反映する

暫定的な会計処理は、取得日後1年以内に確定させます。確定した結果、暫定額と異なる金額となった場合は、その確定額を取得日(企業結合日)の属する期に遡って反映します。

つまり、確定は「将来に向かって」の修正ではなく、取得日時点の評価を見直すものとして取り扱います。これにより、識別可能資産・負債の金額、ひいてはのれんの金額が遡及的に修正されます。

仕訳例(確定により無形資産5,000万円が追加識別され、のれんが減額される場合)

(借方)無形資産(顧客関係等)  50,000,000  (貸方)のれん  50,000,000

確定により識別可能純資産が増加すると、その分のれんが減少します(取得原価は不変のため)。確定後ののれんは、確定後の金額を基礎に償却計算をやり直します。具体的には、暫定額で計上していたのれんの償却を確定額ベースに置き換え、取得日に遡って償却額を再計算します。すでに暫定額で計上した償却費がある場合は、確定後の金額との差額を取得日の属する期に反映させることになります。

区分

暫定処理時

確定時(1年以内)

評価の基準時点

取得日

取得日(不変)

計上額

暫定的な金額

確定額

差額の反映

のれん等に含める

取得日の属する期に遡及反映

のれん償却

暫定額で開始

確定額で計算し直す

ステップ5:確定前決算での開示

取得原価の配分が暫定的である決算においては、その金額が暫定的なものである旨と、その後の確定により金額が変動しうる旨を注記により開示します。財務諸表利用者が、当該数値が未確定であることを理解できるようにするためです。

暫定処理から確定までの実務フロー

暫定的な会計処理は、決算スケジュールと評価作業の進行を見ながら計画的に進める必要があります。実務では概ね次のような流れをたどります。

時期

実務上の対応

企業結合日

支配移転日を特定し、入手可能な情報で取得原価の配分に着手

取得日の属する期の決算日

配分未了の項目を暫定額で計上し、暫定である旨を開示

取得日後の各期

無形資産評価・偶発債務調査等を継続し、確定に向けて精緻化

取得日後1年以内

評価を確定し、確定額を取得日に遡って反映、のれんを再計算

確定後

確定後の金額・耐用年数で償却を継続

特に無形資産(顧客関係・技術・商標等)の評価は外部の評価専門家の関与を要し、数か月単位の作業期間が見込まれます。決算早期化が求められる上場会社では、暫定処理を前提に決算を組みつつ、1年の期限内に余裕をもって確定できるよう、評価作業の発注時期や中間報告のマイルストーンをあらかじめ設定しておくことが望まれます。

留意点

  • 「1年」の起算点は取得日:暫定処理を確定させる期限は取得日(企業結合日)後1年以内。決算日からではない点に注意する
  • 確定は遡及反映であり「修正再表示」とは性質が異なる:暫定処理の確定は、当初から織り込まれた手続であり、過年度遡及会計基準上の誤謬の訂正(修正再表示)とは異なる位置づけ。比較情報の取扱いを混同しない
  • のれん償却の再計算:確定によりのれんの金額が変わった場合、償却額も取得日に遡って計算し直す必要がある。償却年数(20年以内)の見積りもあわせて見直す
  • 1年経過後の変動:1年を超えてから判明した事項は、原則として暫定処理の確定としてではなく、当期以降の事象として処理する。期限管理が重要
  • 連結スケジュールへの影響:被取得企業の資産・負債の時価評価には外部専門家(無形資産評価・不動産鑑定等)の関与を要することが多い。決算スケジュールに評価作業を組み込み、1年以内の確定を見据えた進行管理を行う

まとめ

取得日の決定と暫定的会計処理の手順は、次のように整理できます。

ステップ

内容

根拠条項

1. 取得日の特定

支配が移転した日=企業結合日

第15項

2. 取得原価の配分

取得日時点の時価で識別可能資産・負債に配分

第28項

3. 暫定処理

配分未了なら暫定的な金額で処理

暫定的な会計処理

4. 確定

取得日後1年以内に確定し取得日に遡及反映

暫定的な会計処理

5. 開示

暫定である旨・変動しうる旨を注記

開示

取得日の特定は支配移転日の判断に帰着し、暫定処理は「取得日時点の評価を1年以内に確定させる」という時点固定の考え方が要点です。期限管理と評価作業のスケジューリングを徹底し、確定時の遡及反映と開示を漏れなく行うことが実務のポイントとなります。

改めて整理すると、取得日の決定と暫定的会計処理は、いずれも「取得日(企業結合日)」という一時点を軸に組み立てられています。取得日は支配が移転した日として特定され、資産・負債の時価評価も取得原価の配分も、この日を基準時点として行われます。暫定処理は、この基準時点での評価を1年以内に確定させるための仕組みであり、取得日後に生じた価値変動を取り込むものではありません。「基準時点は動かさず、評価の精度を1年以内に高めて確定する」というこの考え方を押さえておくと、暫定処理・確定と、その後の通常の会計処理(減損等)との切り分けが明確になり、実務上の判断に迷いがなくなります。