エグゼクティブサマリー

会計基準の改正は、企業の財務数値、経営指標、契約条件(財務コベナンツ等)に直接影響を与える可能性があります。経営企画部門は、新基準の公表段階から影響分析を開始し、経営層に対して「自社にどの程度の影響があるのか」「いつまでに何を準備すべきか」を報告する必要があります。本記事では、会計基準改正時に使える汎用的な影響分析フレームワークを提示します。

背景

日本の会計基準は、ASBJの基準開発や国際的な会計基準(IFRS)との収斂(コンバージェンス)により、継続的に改正が行われています。近年の主要な改正には以下があります。

基準

施行時期

主な影響

収益認識基準(基準29号)

2021年4月〜

売上高の計上時期・金額が変動

時価算定基準(基準30号)

2021年4月〜

金融商品の時価評価方法が変更

グループ通算制度対応

2022年4月〜

税効果会計の処理が変更

リース基準(改正予定)

今後公表予定

借手のオンバランス化でB/Sが膨張

これらの改正に対して、経営企画が「受け身」ではなく「先読み」で対応できるフレームワークが求められています。

要点

1. 影響分析フレームワークの全体像

影響分析は以下の4フェーズで構成されます。

Phase 1:スコーピング(影響範囲の特定)
  ↓
Phase 2:定量分析(財務数値への影響試算)
  ↓
Phase 3:波及分析(経営指標・契約への影響)
  ↓
Phase 4:対応計画(実行ロードマップの策定)

2. 各フェーズの詳細

Phase 1:スコーピング(影響範囲の特定)

新基準が自社グループのどの領域に影響するかを特定します。

チェック項目

確認内容

適用対象

自社グループが新基準の適用対象か(適用範囲、除外規定の確認)

影響する勘定科目

B/S、P/Lのどの科目に影響するか

影響するセグメント

どの事業セグメント・子会社に影響が大きいか

適用時期

強制適用日と早期適用の可否

経過措置

遡及適用か将来適用か。経過措置の有無と内容

Phase 2:定量分析(財務数値への影響試算)

影響を具体的な数値で試算します。

分析項目

内容

B/S影響

資産・負債の増減額。純資産への影響

P/L影響

売上高、営業利益、経常利益、当期純利益への影響

CF影響

キャッシュ・フロー計算書の区分への影響(表示の変更を含む)

初年度の経過措置影響

適用初年度の利益剰余金への累積的影響額

定量分析のアプローチ

Step 1: 直近の財務数値をベースに、新基準を適用した場合の調整額を算定
Step 2: 主要な前提条件(適用する経過措置、会計方針の選択等)を明示
Step 3: 感応度分析(前提条件を変えた場合の影響額の幅)
Step 4: グループ全体への影響の集計

Phase 3:波及分析(経営指標・契約への影響)

財務数値の変動が経営上の意思決定や外部との関係にどう波及するかを分析します。

波及領域

確認事項

経営指標(KPI)

ROE、ROIC、自己資本比率、D/Eレシオ等への影響

財務コベナンツ

借入契約の財務条件(純資産維持条項等)への抵触リスク

格付け

格付機関が使用する指標への影響

配当政策

配当性向、DOEへの影響

役員報酬

業績連動報酬の算定基礎への影響

税務

税務上の取扱いとの差異、繰延税金への影響

IR・投資家対応

投資家への説明方針、同業他社との比較可能性

Phase 4:対応計画(実行ロードマップの策定)

分析結果を踏まえ、対応のためのロードマップを策定します。

タスク

担当

タイミング

経営層への影響報告

経営企画

基準公表後1〜2ヶ月

会計方針の選択(選択肢がある場合)

経理・経営企画

適用の6ヶ月前まで

システム改修の要件定義

情シス・経理

適用の1年前〜

開示(注記)の準備

経理

適用の6ヶ月前〜

監査法人との協議

経理

随時

投資家向け説明資料の準備

IR・経営企画

適用初年度の決算前

3. 経営企画としての役割

経営企画部門が担うべき主な役割は以下の3つです。

役割

内容

情報収集と早期警戒

ASBJの公開草案や基準開発の動向を継続的にモニタリングし、自社への影響可能性を早期に察知する

経営インパクトの翻訳

会計技術的な変更を「経営指標への影響」「事業戦略への影響」に翻訳し、経営層が意思決定できる形で報告する

部門間調整

経理、情シス、IR、税務等の関連部門を横断的に調整し、対応の漏れを防ぐ

自社への影響

影響領域

内容

重要度

財務数値

B/S、P/Lの主要科目が変動し、経営指標に影響

契約関係

財務コベナンツへの抵触リスクは事前に対処が必要

システム

会計方針の変更に伴うシステム改修が必要な場合がある

開示

適用初年度は注記が増加し、決算作業の負荷が上昇

投資家対応

業績数値の変動に対する投資家への丁寧な説明が必要

推奨アクション

  1. 即時対応:現在公表されている基準改正(公開草案を含む)の一覧を作成し、自社グループへの影響有無を初期スクリーニングする。ASBJのウェブサイトや監査法人のニュースレターを定期的にチェックする体制を構築する
  2. 短期(3ヶ月以内):影響が大きいと判断した基準について、本フレームワークのPhase 1〜2を実施する。経理部門・監査法人と協力して定量的な影響試算を行い、経営層に報告する
  3. 中期(1年以内):Phase 3〜4を実施し、経営指標・契約への波及影響を含めた総合的な対応計画を策定する。必要に応じてシステム改修や会計方針の選択を完了させる

まとめ

会計基準の改正は「経理部門の問題」ではなく、経営指標、財務戦略、投資家対応に広く影響する「経営の問題」です。

フェーズ

内容

目的

Phase 1

スコーピング

影響範囲の特定

Phase 2

定量分析

財務数値への影響額の試算

Phase 3

波及分析

経営指標・契約・IR等への影響評価

Phase 4

対応計画

実行ロードマップの策定と部門間調整

基準公表の段階から先手で影響分析を開始し、「何が変わるのか」「どの程度影響があるのか」「いつまでに何をすべきか」を経営層に報告できる体制を整えることが、経営企画の重要な役割です。